アサーションとは、自分の気持ちや意見を正直に、かつ相手を尊重しながら伝えるコミュニケーションのスキルです。「はっきり言えない自分が嫌だ」「つい我慢してしまう」と感じている方にとって、アサーションは日常の人間関係をやわらかく変えるヒントになります。この記事では、アサーションの基本的な考え方から、職場や家庭で使える具体的な実践法、そして自分一人では難しいと感じたときのサポートについてご紹介します。自己主張が苦手な方も、相手に強く出すぎてしまうと悩んでいる方も、ぜひ参考にしてみてください。
アサーションとは何か:自己主張の3つのスタイル
コミュニケーションには大きく分けて3つのスタイルがあります。相手に配慮しすぎて自分の気持ちを抑え込む「非主張的スタイル」、逆に自分の意見を強引に押し通す「攻撃的スタイル」、そして両者の中間にある「アサーティブ(自他尊重)スタイル」です。
アサーションとは、この3番目のスタイル——自分の気持ちや意見を率直に伝えながら、相手の権利や感情も大切にするコミュニケーション——を意味します。決して「強く言い返す練習」ではなく、「自分にも相手にも誠実でいる」ための考え方です。
たとえば、職場で無理な残業を頼まれた場面。非主張的な人は断れずに引き受け、後からストレスをためます。攻撃的な人は感情的に拒絶するかもしれません。アサーティブな人は「今日はこの時間までしか対応できませんが、明日の午前中でよければ取り組みます」と伝えることができます。
なぜ日本ではアサーションが難しいのか
「空気を読む」「出る杭は打たれる」という言葉があるように、日本では自己主張を控えることが美徳とされる場面が多くあります。相手への配慮は大切な文化的価値観ですが、それが行き過ぎると自分の本音を言えないまま関係が進んでしまいます。
厚生労働省の調査によると、仕事に強いストレスを感じている労働者の割合は全体の約54%に上ります。職場での人間関係や、上司・同僚への気遣いが主な原因の一つとして挙げられています。「断ったら関係が悪くなるかも」「どう思われるか気になる」という不安は、多くの方が経験していることではないでしょうか。
こうした背景があるからこそ、アサーションは「わがままになる方法」ではなく、「自分も相手も傷つけない表現の仕方」として注目されています。相手を思いやる気持ちをそのままに、自分の言葉でも誠実に伝える——それがアサーションの核心です。
アサーションの基本テクニック:IメッセージとDESC法
アサーションには、すぐに使えるいくつかの実践的なツールがあります。中でも代表的なものが「Iメッセージ」と「DESC法」です。
Iメッセージとは、主語を「私(I)」にして気持ちを伝える方法です。「あなたはいつも遅い(Youメッセージ)」という代わりに、「私は待っているときに不安を感じます」と伝えることで、相手を責めずに自分の状態を正直に表現できます。
DESC法は、4つのステップで構成される表現方法です。
- D(Describe):状況を客観的に説明する。「毎週木曜日に急な依頼が来ることがあります」
- E(Express):自分の気持ちを伝える。「そのたびに予定が大きく変わり、困惑しています」
- S(Specify):具体的な提案をする。「できれば2日前までに共有していただけますか」
- C(Consequences):提案のメリットを伝える。「そうすることで、より丁寧に対応できると思います」
この流れを意識するだけで、感情的になることなく、自分の意見を相手に届けやすくなります。
アサーションがメンタルヘルスに与えるよい影響
アサーションは単なるコミュニケーション技術にとどまらず、心の健康にも深くかかわっています。自分の気持ちを押し殺し続けると、慢性的なストレスや抑うつ、燃え尽き症候群につながるリスクがあると指摘されています。
2018年に発表された系統的レビュー(Vagos & Pereira, Cognitive Therapy and Research)では、アサーションの訓練が不安症状や抑うつ感の軽減に効果を持つことが確認されています。また、アサーティブな表現を習慣化することで、自己効力感(「自分にはできる」という感覚)が高まるという研究も報告されています。
日常的に思ったことを言えず、後悔やもやもやをためやすいという方は、アサーションの練習が心の余白を取り戻すきっかけになるかもしれません。「我慢強い」ことと「健康でいること」は、必ずしも同じではありません。
日常でアサーションを練習するヒント
アサーションは一夜にして身につくものではなく、小さな練習の積み重ねで少しずつ使えるようになります。最初から難しい場面で試すより、まずは低リスクな状況からはじめてみるのが続けるコツです。
たとえば、カフェで注文したものと違うものが来たときに「すみません、こちらは頼んでいないものかもしれません」と伝えてみる、家族に「今日は少し疲れているので、食後の片付けを手伝ってもらえると助かります」とお願いしてみる——こうしたちょっとしたやり取りの積み重ねが、アサーションの筋肉を育てます。
また、断れなかったり感情的になってしまったりしたときも、自分を責めないことが大切です。「今日はうまくいかなかったけど、次はどう言えばよかったかな」と振り返るだけで、少しずつ変化していきます。日記やメモに書き出してみるのも一つの方法です。
一人で難しいと感じたら:カウンセリングという選択肢
アサーションの概念は理解できても、「実際の場面ではどうしても言葉が出ない」「過去のトラウマや人間関係のパターンが邪魔をしている気がする」という方もいらっしゃいます。そういうときは、一人で抱え込まずにカウンセラーと一緒に取り組んでみるのも一つの方法です。
オンラインカウンセリングなら、自宅から顔を見せずに受けられるサービスもあり、周囲に知られることなく相談できます。アサーションを扱うカウンセリングでは、認知行動療法(CBT)やロールプレイを使って、安全な環境でコミュニケーションを練習することができます。
「カウンセリングは深刻な人が行くもの」と思われているかもしれませんが、実際には「人間関係をもっと楽にしたい」「もう少し自分の気持ちを大切にしたい」というご要望で利用される方も多くいます。費用の目安は1回あたり¥5,000〜¥12,000程度です。気軽に話してみるだけでも、気持ちが整理されることがあります。
よくある質問
アサーションとアサーティブネスの違いは何ですか?
アサーション(assertion)は「自己主張すること」という行為を指し、アサーティブネス(assertiveness)はその性質や能力を表す言葉です。日本ではどちらも「アサーション」としてまとめて使われることが多く、大きな区別をせずに使って問題ありません。大切なのは「自他を尊重したコミュニケーション」という考え方そのものです。
アサーションはわがままとどう違うのですか?
わがままとは、相手の気持ちや状況を考えずに自分の要求を押し通すことです。一方、アサーションは相手の立場も尊重しながら自分の気持ちや意見を伝えることを指します。アサーティブな表現には必ず「相手への敬意」が含まれており、その点で根本的に異なります。
アサーションはどんな場面で役立ちますか?
職場での無理な依頼を断るとき、上司や同僚へのフィードバック、家族や友人との意見の違いを伝えるとき、など日常のさまざまな場面で活かせます。特に、日本の職場環境での人間関係ストレスに対して有効とされており、パワーハラスメント防止の観点からも注目されています。
アサーション訓練には科学的な根拠がありますか?
はい、あります。2018年のVagos & Peireiraによる系統的レビューでは、アサーション訓練が不安や抑うつの軽減に効果的であることが確認されています。また、認知行動療法(CBT)の一環としても取り入れられており、国際的に広く実践されているアプローチです。
アサーションを練習するのに、どのくらい時間がかかりますか?
個人差がありますが、意識して練習を続けることで数週間〜数ヶ月で変化を感じる方が多いです。カウンセリングでは6〜12回のセッションでアサーションの土台を身につけることを目標にするケースもあります。小さな場面から少しずつ試してみることが、長続きのコツです。
アサーションは内向的な人でも身につけられますか?
もちろんです。アサーションは外向的・積極的な性格とは関係ありません。むしろ、慎重で思慮深い内向的な人ほど、Iメッセージのような丁寧な表現スタイルと相性がよいことがあります。声の大きさや勢いではなく、「誠実さ」がアサーションの基本だからです。
子どものアサーションを育てるにはどうすればよいですか?
子どものアサーションは、親や周囲の大人がアサーティブなコミュニケーションをモデルとして見せることで自然に育まれやすいとされています。「嫌だと感じたらそう言っていい」「気持ちを言葉にすることは大切なこと」と伝える機会を日常の中でつくっていくのも一つの方法です。
出典
- Vagos, P., & Pereira, A. (2018). A proposal for evaluating cognition in assertiveness. Cognitive Therapy and Research. https://doi.org/10.1007/s10608-016-9773-0
- 厚生労働省. (2022). 令和4年 労働安全衛生調査(実態調査). https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/r04-46-50b.html
- 世界保健機関(WHO). (2022). World Mental Health Report: Transforming Mental Health for All. https://www.who.int/publications/i/item/9789240049338
- 国立精神・神経医療研究センター(NCNP). 精神疾患に関する疫学調査. https://www.ncnp.go.jp
- 平木典子. (2012). アサーション・トレーニング:さわやかな<自己表現>のために. 日本・精神技術研究所.
- Butler, G. (1999). Overcoming Social Anxiety and Shyness. Constable & Robinson. (認知行動療法とアサーションに関する参考書)
- Alberti, R. E., & Emmons, M. L. (2017). Your Perfect Right: Assertiveness and Equality in Your Life and Relationships (10th ed.). Impact Publishers.
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